悔し涙

8月より、新メンバーでスタートし、2日前で3日目でしたが、その中の1人が金曜日のレッスンも受けていたこともあり、かなりの成長を見せてくれました。驚いたのは、最初来た時よりも随分とバットマンが綺麗に上がるようになっていたこと。

レッスン中、それを見た生徒の一人が、悔し涙を浮かべてレッスンを受けていました。

凄く分かるんです、その気持ち。まるで昔の私を見ているようでした。
私も、悔し涙をこらえてレッスンを受けたこと何度もあります。

ダンサーの夢を追って東京へ出て行った時、私は17歳でしたが、当時、徳島にダンスを教わるような教室はなく、ただただ、人気歌手のBOAちゃんのバックダンサーに憧れて東京へ行きました。

私がそれまでにやってきた事といえば、スポーツクラブのラテンエアロビクスだけ。
ダンスのプロがやっているようなレッスンは受けたことがありませんでした。

そんな私を、代々木にある「 M&Sダンススタジオ 」へぶち込んだ父…(笑)

今思うと、なんて無茶な!!っていうくらいの本格的なダンサー(なんたって劇団四季の祖父江先生が率いるダンスカンパニーです)が揃うスタジオでした。
そして、一番最初に受けたクラスが祖父江先生で、しかも踊ったのが、あの有名な「キャッツ」!!!

レッスン開始まで、全ての人が開脚180度で寝そべって待っている・・・。
(あ、それは待つポーズなんですねー!と突っ込みたくなった)

そしてクロスフロア、シャッセ、ピケターン、パドブレ、1番ポジションで~なんちゃらかんちゃら…どんどん出てくるダンス用語。
(ここって日本ですよね?と突っ込みたくなった)

最後の振り付けは初めての技の連発でついていけるはずもなく・・・。ただ、その時思ったのが、

かっこいい!!!

っていうことでした。
帰りの電車の中で、興奮して、その時に見た光景を何度も何度も頭の中で繰り返していました。
彼女たちに追いつけるはずはないと思いましたが、それでも、習った振り付けを家で練習していました。
あの時の事は衝撃的な出来事だったので、今でも忘れられず、目に焼き付いています。
本当に、本当に、私にとって素晴らしいレッスンでした。ありがとうございます。祖父江先生。

翌日、私は早めにレッスン場へ行きました。
その時、前日に一番前で踊っていた凄く上手な女の子が、トイレで泣いていました。
私は身の程知らずな田舎者だったもので(笑)
「どうしたの?大丈夫?」と話しかけたところ・・・
「こんなんじゃ宝塚、受からない。。。」

(=_=)

ジャズのジャの字もつい最近まで知らなかった田舎者が、
『元気出して、大丈夫だよ!』なんて言える立場でもない。
何をどう返事するのが正解なんだー!!?
と心の中で叫んでいました。
私の想定外の返事に固まって、その場は何も言えず、更衣室で「Mちゃん、めっちゃ上手だよ!羨ましい!」みたいな事言ってました。
その泣いている姿も衝撃だったので目に焼き付いているんですよね。(名前までも覚えている)
だって、それまでの私にとって、ダンスは「楽しいだけ」でした。



その後、TSMに入りました。広島から出てきたNちゃんと、入学説明会で隣の席になり、筆記用具を忘れていたので、貸してあげたところから、同じクラスを選んでいる事も知り、同じように実家を離れて上京してきたという共通点もあって、すぐに仲良くなりました。

ただ違ったのは・・・彼女は広島で既にダンスを学んでいたこと。
ヒップホップを踊った時、明らかに差がありました。
いつも隣で、いつも一緒にレッスンへ行く、けど、ダンスのレッスンではいつも私は置いてきぼり。

そうこうしているうちに、ダンスの上手な子、地元で既に子供の頃からバレエをやっていた子が、ノンちゃんと友達になりたくて寄ってきました。その子は、多分クラスで一番ジャズが上手だったと思います。

私も一緒にいましたが、そんな上手な二人と毎日隣でレッスンを受けるのは、精神的に本当にキツイ日々でした。
一刻も早く2人に近づかなきゃと、毎日スタジオを梯子して、人一倍レッスンを受けるように試み、夜中はマンションの下のうっすらと反射して映る場所で練習しました。

悔しくて、泣いたことも沢山あります。
ダンス、向いてないのかな?と何回も悩みました。
けど、
出来ないことと、
向いてないんじゃないかって事は、
私にとってダンスを嫌いになる理由にはなりませんでした。