ヤマカイさんとショーマさんのバレエ騒動から

正直、今回のバレエ騒動について、触れないでおこうと思っていました。
ですが、車田和寿さんのお話しに、非常に感銘を受け、自分が体験・経験してきたことをコメントさせていただきましたところ、
ダンスを習われているお子さんをもつ親御さんから、いくつかのメッセージを受け取りました。
車田さんのコメント欄では全てアウトプットしきれませんでしたので、それらも含めて、この機会に動画を作りたいと思いました。
と言いますのも、このテーマは私自身、ここ2年間で非常に悩み、苦しんできたテーマだったからです。

目次

1:車田さんへのコメント内容と補足
1ー1:帰国後に感じた日本と外国の違い
1ー2:アートや研究にお金を支払わない日本
1-3:帰国後の体験談
1-4:「秋山 仁」先生からの言葉
1-5:私の出した結論

2:頂いたメッセージと返信
2-1:ダンスは「習い事」程度?
2-2:ダンスの多様性
2-3:ダンスは遊び?

3:一般の人々に浸透しやすい形に変えて発信することについて
3-1:私の住む徳島県の「阿波踊り」でも同じことが起きていた
3-2:ここ数百年のダンスの歴史

動画で見たい方はこちら>>>

【大切な話】芸術がビジネス化?!音楽など芸術を広める事が本当に良い事なのか?クラシック音楽、バレエ、オペラ!【音楽談話㉓】

1:車田さんへのコメント内容と補足

1ー1:帰国後に感じた日本と外国の違い

私は、約2年前にニューヨークから日本に帰国し、日本でダンスを教え始めました。
そこで一番に驚いたことは、「日本では、こんなにもアーティストの価値が低いんだな」っていうことでした。
今まで、ロサンゼルス、オーストラリア、ニュージーランド、マレーシア、カナダ、ニューヨークで住みました。
少なくとも私の訪れた場所は、日本より遥かに音楽に溢れ、街にアートがありました。
音楽が好きな私にとって、歩くだけで楽しかったです。

私がアーティストへのリスペクトが小さい国であると思った背景

私が日本が、アーティストへのリスペクトが小さい国であると思う背景は、以下の体験があります。
夏は毎日のようにイベントがあり、あらゆる場所でアーティストがエンターテイメントを提供するトロント。
イベントの入場は殆ど無料ですが、私の仲間は沢山のお金を用意していました。
なぜなら、カナダはチップ社会で、アーティストに対してチップを渡すことは当たり前なのです。
この精神は、アーティストへだけではありません。
道を歩いていた時のこと。
ホームレスさんが私の知人に面白おかしく話しかけてきました。
知人は、帰り道にビールとパンを買って、そのホームレスさんに渡しました。
私の知人が私にこう言いました。
「彼は僕の心を楽しませた。だからその対価を支払ったんだ。」

1ー2:アートや研究にお金を支払わない日本

アーティストとして、日本で食べていくことは本当に厳しいと思います。
アメリカやカナダにも、いくらかの日本人ダンサーを知っていますが、「日本では難しい」と、日本を離れた方が多いです。

志の高いアーティストは「日本では本物が目指せない」と日本を去る

それにより、日本で良いアートに触れる機会が減る

心を動かされる人が少ない

需要が無くなる

国(政府)からの優先順位が下がる

アーティストが食べていくステージが用意されなくなる

という、悪循環になっているのでは?と感じていました。

もちろん、外国には少なくて、日本にあるものもあります。
例えば、アニメやゲーム、種類豊富なコンビニ、お風呂・銭湯・温泉(これは私にとって一番うれしいです)
何処の国が一番良いかと聞かれても、どの国も住めば都で、一長一短あったと思います。
なので、日本では芸術や研究に国がお金を支払わない=日本はダメな国だ、とは言いません。
芸術や研究よりも、日本政府が優先している事が、あるのでしょう。。。
その優先されていることが、日本国民の生活にとって必要なことであることを私は祈っています。

1-3:帰国後の体験談

日本に帰国後、私がダンス教室をオープンし、初めての生徒が来た時。
私は、今まで自分が学んできたのと同じように、教えました。
しかし、親御さんからは不評で「楽しいだけじゃダメなんですか?!」と言われ、ショックでした。
私はダンスへの上達が、生徒たちの喜びになると思って、教えていましたが、
私がそうだからといって、他の人も同じくらいダンスへの情熱が熱い、とは限らないんだなって学びました。
人によって、優先順位が違う、という当たり前のことを私は忘れていました。
本気でダンスをやっている仲間とだけ囲まれていると、そのような考えに陥りやすいですね。

1-4:「秋山 仁」先生からの言葉

私は現在、日本でも田舎の、徳島県に住んでいます。しかし、私は徳島県のダンス
教室は行ったことがなくダンスを始めたのは東京でした。
それも、大手テーマパークや劇団四季・ミュージカル・オペラ振興会をはじめTV
・映画・イベント等に多くの生徒をプロとして送り出しているスタジオです。
その後、TSMというダンスのプロを目指す専門学校でした。その為、民間でのダン
スへの取り組み方に大きな違いがあったのだと思いました。
先生として、出来ていることは出来ている、出来ていないことは出来ていない、
と接する事が「正しさ」だと思いましたが、
≪子供が楽しんでいること≫が「正しさ」だと考える、
これもまた、間違ってはいないのだと思いました。
≪補足≫
以前、数学学者「秋山 仁」先生とお話しさせていただいた
事があります。その時に、このような色紙をいただきました。
素晴らしいお言葉ですので、シェアさせていただきます。

1-5:私の出した結論

2年間、右往左往しましたが、私が出した結論は、
≪ダンスを追求したい気持ちは自分の仕事とは切り離すこと≫
でした。
日本で、殆どのダンスを教えているダンサーは「サービス業」と同じだと思います。
サービスなので、自分の追求したい気持ちを押し殺す必要があり、需要があるものを提供するしかお金を得る方法がありません。

ですが、それでは自分の大好きなダンスを嫌いになってしまうと思いました。
だから、私は≪趣味≫として、ダンスの追求をすることを決めました

2:頂いたメッセージへの返信


先ずは、メッセージくださり有難うございました。
実は、私の父は校長をしており、母、妹、
も中学の教員でした。なので、私も教育現
場の難しさについて話合うことが多いです。
2012年に放送された≪ブラックボード≫
という3つの時代での教育現場を描いた
映画をご存じでしょうか?
この映画が教えてくれたことは、
時代によって私たちが学んできたこと
時代によって大人たちが教えてきたことが違う、ということでした。
非常に心に刺さる映画でしたので、今でも覚えています。

2-1:ダンスは「習い事」程度?


コメント欄では私の徳島県での体験談だけ
お話ししておりました。
おっしゃるように殆どの人がダンスや芸術は
「習い事」程度にしか思われていません。
しかし、私はオンラインで県外や海外の生
徒さんのプライベートレッスンも行っており
違う考えをもつ親御さんがいらっしゃる
ことも認知しております。
プライベートレッスンなので1回のレッスン費が大きいですが、
受講時はダンススタジオを借りて、習いに来られています。
それを数年続けてくださる方がいるという現実もあります。

2-2:ダンスの多様性


これは「ダンス」をどこにカテゴライズするか
によって変わってくると思っています。
例えば、ダンスを「スポーツ・健康」の為に
行っている人にとって、その道を極めたダン
サーより、フレンドリーなダンサーの価値が高いかもしれません。
「ダンス」は本当に幅広いカテゴリーに当てはまります。
「芸術」という面は勿論、古典芸能、儀式や祈り、ソーシャルダンス
(社会交流)の文化もあり、エンターテイメント(遊び・癒し)、
スポーツや健康・エクササイズ・リハビリでもあります。
その為、多くの人が様々な視点からダンスを捉えており、それは100人
いたら100人が違う答えを持っているほどかもしれません。
日本でのダンスの需要は、「芸術」という面では低いと感じます。
その為、その道を極めたところで、お金が入るとは限らないと思います。

2-3:ダンスは遊び?

こちらの先生も、海外で学んで帰国された先生と
伺っております。海外でダンスを学ばれた方は、
日本とのギャップに苦しむ方は多いかもしれません。
なぜなら、教室にもよりますが、日本の習い事は
だんだんサービス業になっていると聞きます。
これはダンスに限ったことではないようですが、
ダンスというカテゴリーは特に、剣道や書道など
とは違い、そもそも「学ぶもの」というより
「遊ぶこと」「楽しいこと」のイメージで広がって
きている為、「楽しくなかったら → やめる」
という考えに至る人の割合が高いのかな?と思います。
また、日本ではお金を支払う人が上だという考え方も影響していると思います。
国によりますが、私が訪れた海外では、技術を持つ人やサービスを提供する人の方
が上だという姿勢が強く見受けられました。

3:一般の人々に浸透しやすい形に変えて発信することについて

本物を知って、それに対し努力をしているからこそ、一般の人々に浸透しやすい形に変えて発信している人に対し、不快感を覚えるのは、何の世界でもあることで、人間の正常な心の反応ではないかと思います。

3-1:私の住む徳島県の「阿波踊り」でも同じことが起きていた

私の住む阿波踊り発祥の地である徳島県でも同じことが起きていました。阿波踊りを守る為に新しい阿波踊りを作ろうと、私に相談へ来る人がいました。
しかし、阿波踊りの団体は、阿波踊りの型を崩すことを良しとしないため、その男性は団体から退き、一人で活動を開始しました。
もっと古くの人は「型なんて作るのがおかしい。そもそもサラリーマンが仕事帰りに自由に踊れる踊りが阿波踊りだった。型なんか作ったから、阿波踊りをする人が減ったんじゃ。」と教えてくれました。

3-2:伝統芸能を、そのままの形で残していくことの難しさは、ここ数百年の歴史が教えてくれます。

私はダンスの歴史を勉強していますが、
踊りという文化は、その地域で受け入れやすい形に変化しつつ受け継がれてきている背景があります。
例えば、そもそもダンスの起源とされているアフリカのヨルバ族のダンスは、奴隷制度によりポルトガル人に禁じられていたため、ヨルバ族の神であるオリシャの神々をキリスト教の神々と結びつけることにより、存在を残してきました。
皆さんの知っているヒップホップは、そもそもはブレイキングでした。
しかしテレビ受けや、アーティストのバックなどで立って踊るダンスが流行ったため、それをヒップホップと呼ぶようになりました。

イタリアで生まれたバレエは、フランスでバレエからの反発が起き「モダン・バレエ」が生まれ、
後に、バレエもモダンも良しとした「コンテンポラリーダンス」が生まれました。
しかし、現在のダンスシーンでコンテンポラリーダンスは「表現のダンス」とも定義され、バレエの要素がないダンスも含まれています。

エジプトのベリーダンスは、ジプシーたちによって広められ、スペインのフラメンコになったとも言われています。

ある意味、不変であることは、進化を止めることなのかもしれませんね。

最後に思ったのは、

ありきたりな言葉になって申し訳ないのですが、
古典芸能や芸術は、今の日本の現状では、形を変えなければ
興味すら持ってもらえない事のほうが多いです。
しかし、その中の一部の人間で良いから、
本来の芸能・芸術がなんだったのか、を伝えていく人が
いることが、大切なんだと思います。