道徳|答えのない授業

心理学の授業だったか、NLPの授業だったか、どちらで聞いた言葉だったのか忘れましたが

人間は、他人を見ることで自分を知ることが出来る、といいます。

こんにちは、Chikaです。

今、姪っ子が帰って来ていて、図書館で借りてきた本の中に

「なぜ、学校に行くのか」というテーマがありました。

姪の母、つまり私の妹が「これについて答えが分からないんよねー」と。

最近は、小学校ではなく専門的な道へ進ませることを推奨する人も増えているそうです。

あなたは、どう思いますか?

まぁ、戦後にアメリカによって書き換えられた教科書を使用していることや、現在の学校教育に不満がある、など、物理的理由もあるかと思うのですが、それは一度置くとして、

学校へ行く意味って、何なのか。

個人的には、自分を知る為なんだと思っています。

勉強をする場所、という認識が日本では強いですが、実は真に勉強をするためなら、学校は時間の無駄だと思います。

それこそ、本気で学びたいなら、専門の路へ行く方がずっとか効率的でしょう。

何処の国だったか忘れましたが、海外では勉強は家でして、学校ではディスカッションのみする、という国があります。

これって、日本の道徳の授業と近いんですよね。

ディスカッションする内容は、人間のメンタルなのか、社会の事なのか、などなど違いがあるだけで。

道徳の授業っている?いらない?

私の両親がまだ現役の頃、道徳の授業数が減っていると聞きました。

私の頃は、確か1週間に2回くらいあったと思いますが、今は果たしてどれくらいなんでしょうか。

妹も今は子育てで教育現場から離れていますが、離れる前くらいに道徳の授業数を減らすということを話し合っていたそうです。

「道徳って答えがないじゃん。教えるのが難しいんよね。」と妹。

道徳って、子供たちに分かりやすくした心理学だと思います。

心理学は、心の科学。

神経系に関わるため、脳科学やホルモン、栄養学の勉強もしなければ、深く語ることは難しい学問です。

DNA、環境、気温気圧、など、先天的影響と後天的影響、両方が複雑に絡み合っています。

この世の中で、全く同じ体験をする人間がいないので、全く同じ感情(記憶)を持つ人はいません。

道徳は、答えを探すことをやめる、答えがない、が答えであることを学ぶ勉強だと思います。

答えのある勉強ばかりしていると、

人生には、まるで、いつも答えがあると思い

「私の選択は間違っていたのだろうか」と

自分の人生に答えを探し続けます

全ての人が、選ぶ選択は全て、その人にとって最良の選択であると、私はいつも言います。

気休めの言葉ではないんですよ。

宗教でもないです(笑)

先にも書きましたが、答えが無いのが人生で、あるのは「今、あなたが、楽しいか」だけです。

「探し物はなんですか~???」

そして、その選択を後悔しない為に「今」どう生きるか、にフォーカスを当てたいものです。

時間は戻りませんので、もう後戻りはできませんよ~!

人生は、挑戦したなら、恐れることなく楽しむだけです。

答えは探すのではなく、一人ひとり、創造していきたいものです。

その為に、自分を知る、つまり、

自分にとって何が楽しくて、何が辛くて、何が幸せか、

というのは、人生の大きなテーマだと思います。

全ての人が自分とは違うということを、

他人をよく見ることで、落とし込み、自分がどういう人間か、自分発見に繋がることでしょう。