サルサダンスとは?

サルサダンスは、スペイン語でソース(Sauce)を意味する「Salsa」から名前が来ています。
ソースが色んな材料をごちゃまぜにして作るのと同じように、サルサ音楽はソウル、ジャズ、ロックなど、いろんなものをごちゃまぜにして作った比較的新しい音楽(ジャンル)です。
そしてサルサダンスは、ストリートダンスから発展しました。プエルトリコ移民が多いニューヨークを中心にOn2」と言われる二拍目にステップを踏むスタイルが爆発的人気となり、世界中に広がりました。
しかし、サルサダンスは、地域によって踊り方が異なります
例えば、アメリカの反対側であるLAでは1泊目にステップを踏む「On1が主流となっています。また、ON2には2種類のタイプがあり、1拍目を待って2拍目からのブレイクでステップが始まるON2、いわゆるボールルームスタイルと呼ばれるサルサもあります。
通常、サルサダンスはペアで踊ることが多いダンスですが、最近はソロで踊るパフォーマンスも増えており、ソロ世界大会などもあります。
※私の教室ではソロ(シャイン)のみになっております。


ラテンダンス基礎知識>>>クラーベのリズム
サルサのベーシックステップについての質問「先生によってステップの順番が違うのはなぜ?」
サルサダンス|ベーシックステップ|What’s the difference?|Salsa on1, on2, Leader and follower

ヨルバ人の主な宗教はOrisha(オリシャ)という自然の神々で、それを祀ったり讃えたりす祭儀(カンドンブレ)で踊られていたヨルバというダンス(Chango、Yemaya、Elegua、babalu aye )がアフロキューバンダンスの起源の一つです。Orishaの神々は、それぞれが海、鉄、火、川、森等、自然のエレメントを持っています。つまり、カンドンブレの踊りと音楽とは神を祀ること=自然を敬うことになります。

他に、同じ宗教的なダンスとしてコンゴ、フランコ ハイチアンがあります。

西アフリカからポルトガル人に奴隷としてブラジルのバイーア州(ここはサンバ発祥の地とも言われています)に連れて来られ連れてこられたヨルバ人は、ポルトガル人にすべてを禁じられていたので、公にはキリスト教徒(カトリック信仰)を装っていましたが、自分達の住む地域に特別な小屋(テヘイロ)を造り、そこに定期的にこっそりと集まっては、カンドンブレを行っていたそうです。
(ブラジルの原住民はインディオですが、16世紀半ばにポルトガル人が移住し、ブラジル北東部バイーア地方は400年間にわたり奴隷が連れてこられた地域です)
その後、時代と共に進化をし、ルンバ、マンボ、ソン、パチャンガ、チャチャチャ、ブガルー、サルサ、ティンバになりました。

サルサの源流とされるもの、ソンとパチャンガ

倉田量介氏は「Mathesis Universalis Volume 16, No.2/マテシス・ウニウェルサリス 第16巻 第2号」にて以下のように綴っている。

1976年にニューヨーク(以下、NY)から来日したファニア・オールスターズ(Fania All Stars)の人気を境として、1990年代以降、特にダンスファンの間で普及したラテン音楽のジャンルにサルサ(salsa)がある。客層の分化にもとづく実態はともかく、呼称そのものはすでに日本で一般化したといってもよかろう。それを裏づけるように、2015年1月には上記グループのピアノ奏者が再来日し、赤坂のブルーノート東京でおこなわれた演奏は好評を博した。
サルサのルーツはキューバのソン(son)にあるという説明が、定型として一人歩きしている。ただし、キューバが革命(1959)とミサイル危機(1962)を経て、米国と断交に向かった時期、NYで全盛を迎えていたのはパチャンガ(pachanga)と呼ばれるダンス音楽であった。
しかしながら、今日、このジャンルの名称や内容について、キューバ国内で耳にすることは稀有に等しい。つまり、過去、現地に根を張ってこなかったということの証左でもある。
キューバにおける楽団の編成は、大きく二分される。ギター系と管弦楽系である。前者からはソン(son)というジャンルを主体とするコンフント(conjunto)というフォーマットが結実した。
>>>ソン| Ganas de Bailar el Son

後者からはマンボ(mambo)チャチャチャ(cha-cha-chá)などの演奏を意図するチャランガ(charanga)というフォーマットが展開された。

>>>マンボ|Los Lunes Locos, Crazy Mondays Los Gatos
>>>チャチャ|Ritmo Con Ache – Jose Mangual, Jr

混同されがちだが、チャランガは編成名であり、パチャンガはジャンル名である。しばしばジャーナリストなどの記事で両者を分離しない誤用がみられる。
これは著者たちの不注意というより、パチャンガというジャンルの不明瞭さに起因すると考えられる。革命以前はもとより、以後のキューバ国内において、チャランガは依然としてめずらしくないものの、ジャンルとしてのパチャンガは学術的にも認知されていない。

サンバの発祥の地はブラジル北東部バイーア地方と言われている。ここは16世紀半ばから約400年間にわたって、西アフリカから多くの人々が奴隷として最初に連れてこられた地域で、現在でもアフリカ文化の影響を色濃く残している。「アフロ・ブラジリアンダンス」はサンバを含むアフリカの影響を受けて出来上がったダンス全般を総称して言う。リオで踊られているサンバとはひと味違った、よりアフリカ的な「原型サンバ」はもちろんのこと宗教儀式「カンドンブレ」で踊られる神々の踊り、ブラジル版ストリートダンスとも言えるサンバ・ヘギ(カーニバルで主流の踊り)、また近年ポピュラーになりつつあるアフロ・コンテンポラリーと呼ばれる(動き的には「アフロ・ジャズ」と呼んだ方が正しい)より高い芸術性を求められる創作的なダンスなど様々。しかし、どれにも共通していることはアフリカンドラムに合わせて(実際はドラマーとの掛け合いで)踊られる、ということだ。
 
アフロ・ブラジリアンダンスと「ヨルバ」の関係について
他民族国家のブラジルはもともと原住民であるインディオの人々の土地であった。そこに16世紀に入ってポルトガル人が移住し、その後、奴隷として主に西アフリカから多くの人々が連れてこられたわけだが、彼等の多くがナイジェリアを中心に居住していたヨルバ族で、ヨルバ独自の言語、宗教、慣習や文化を持っていた。しかし支配者であるポルトガル人にすべてを禁じられていたので、公にはキリスト教徒を装っていた。彼等は自分達の住む地域に特別な小屋(テヘイロ)を造り、そこに定期的にこっそりと集まっては、カンドンブレという儀式を行っていた。儀式はヨルバ教の神々(オリシャー)を祀ったり讃えたりする音楽と踊りの祭儀であった。そのようにして数百年に渡ってこっそりと伝承してきた宗教と文化は、今でもアフリカ系ブラジル人達のこころの寄り所となっているのだ。いわゆるアフロ・ブラジリアンダンスはこうした歴史的背景のもとで築かれてきたもので、今となっては種類こそいろいろあるが、どれをとってもヨルバ教の神々(オリシャー)と儀式・カンドンブレとは切っても切れない関係にある。ところで神々は、それぞれが海、鉄、火、川、森等、自然のエレメントを持っている、つまり、カンドンブレの踊りと音楽とは神を祀ること=自然を敬うこと、なのである。儀式・カンドンブレに参加するわけではなく、この踊りを「踊り」として学ぶ私達にとって、その成り立ちや意味を深く理解することは、非常に重要だ。ただ単に動きをまねるだけのダンスではなく、一つ一つの動きに宿る意味を理解し、魂を感じながら踊ることで、より深みのある動きを実現することができるし、他者の心に訴える踊りになっていく・・・とはいえ、これがとても難しいことであることは、ご承知の通りである。